バイポーラトランジスタのエミッタ接地増幅回路に関する諸計算
ほぼメモ。随時更新の形をとっています。
BJTのエミッタ接地増幅回路における直流・交流それぞれのゲイン、また、交流増幅のヘッドルームを計算する。
多くの増幅回路で、エミッタ抵抗に並列でコンデンサをつなげて交流的に接地することが多いので、それを考慮した計算を行う。
ネットでこの類の計算を見つけられなかったので自力で計算した。
※追記:近いことを書いているサイトを見つけた。
計算
直流成分。
交流成分。
ここで仮定として、直流バイアスを十分にとり、ベースエミッタ間の順方向電圧は直流成分のみでまかなえるとしている。
ここで、
も交流成分として同様に定義される。
が直流バイアスによる出力電圧の中心点であることに注意。
また、交流によるゲインはである。
さて、コレクタエミッタ間電圧については、
ここで、
である。これより、
は、
直流成分の出力点と最小出力電圧 までの範囲を表している。
これを踏まえて、交流成分における最小出力電圧(負側の最大)は直流成分における範囲の倍となる。
例
このとき、各パラメータは
直流成分での下限値は
なので、バイアス点を とすれば、出力電圧範囲は
から までになる。
入力信号を正側最大値と負側最大値が等しいようなものとすると、
上側範囲はであり、下側範囲はであるから、
のとき、もっともヘッドルームが広くなる(片側 )
交流ゲイン であるから、最適バイアス時における入力上限はである。
最適バイアス点の一般化
上の例で計算した最適バイアス点を一般化しておく。
正側最大値と負側最大値が等しいような信号入力(正弦波など)の増幅において、
上側範囲はであり、下側範囲はであるから、
最適バイアス点はその中点であり、
になる。
もちろん、正側の最大値と負側の最大値が等しくないような波形の場合は、さらに適切なバイアス点があるが、一般性に欠けるため、そのような場合は別途チューニングしていくべきだ。方針としては、正側と負側の最大値の比を保つように上側・下側の範囲を決めてやれば良い(位相が反転するのに留意すること)。
補足:分圧回路を用いた場合
普通、バイアスをかけるときは電源電圧から分圧してベースに流す。
この場合のは分圧回路に用いた2つの抵抗の並列和になる。
直観的には、分圧回路の出力インピーダンスがまさにその値であるので、ベースから見ると、その値の抵抗があるように見える。
愚直に計算してもいいが…、せっかく入出力インピーダンスの概念を開発しているので、わざわざやる必要も…ないよね?
交流回路については?
ベースからみると、このような構成における は、 の並列になる。
であるので、はにさらにコンデンサを並列でつないだものになるとも言える。
もちろんこれも分圧回路の出力インピーダンスから明らか。
補足すれば、交流成分についてはと によってハイパスフィルタが形成されている。
最適なバイアス点をとったときの定格出力範囲、入力範囲
上述の議論から、最適なバイアス点は
となる。このとき、上側範囲と下側範囲は等しくなり、その両者を合わせた範囲は、
になる。ここで、 である。よって、入力範囲は
となる。(ppは peak-to-peakを意味する)
g と αの関係
計算のみ示す。
ここで、である。も同様に交流的に定義される。
たいていの場合、である。
λ, g, αについて
念の為、3つのパラメータの関係について書いておくと、
より、
である。
バイアス最適点の入出力範囲における安定性
実用では、バイアス最適点をいついかなるときも実現できるとは限らず、そこから少しズレた点でバイアスがかかるときがほとんどである。
最適点での入出力範囲がいかに優秀であっても、そこから少しズレた途端に極端に悪化するような設計は避けるべき。
というわけで、バイアス最適点 に対して、[\delta v]ズレたバイアスにおける入出力範囲の変化をみると、
特に、下側範囲について、その絶対値をみると、
ここで、
を用いた。大抵の場合、 であるから、
であることが分かる。
概ね、入力バイアス電圧のズレに対して、上側・下側それぞれ g倍, 1+g倍だけ範囲がズレると考えるとよい。
ちなみに、バイアス電圧自体のズレはもちろんのこと、環境によるベースエミッタ飽和電圧の変化もこれで対応できる。
さらに現実的な話をすると、エミッタ抵抗にコンデンサを並列でつける場合、周波数によって最適バイアス点が少しずつズレていくので、その考慮も…と考えると結構馬鹿にならないパラメータである。
いずれにせよ、が支配的に効いてくる量なので、DC電圧の増幅度はできるだけ低めに設定したほうがいいことが分かる。
最適バイアス時の定格入出力範囲の関係
再掲する。
ここで、の関係を用いて整理すると、
よって、入出力範囲について次の関係がなりたつ:
特に、 かつ、 のとき、入出力範囲の和が で保存する。
そこで、に対するの比をそれぞれとすると
増幅回路の設計ではこれを最大化するようなを求める必要がある。
ラムダの項を展開して、
について考えてもよい。
先の議論でもあった通り、実際には最適バイアス点の安定性についての考慮も必要である。結局、直流成分のパラメータはその安定性の確保のため自由が効かない。・・・つまりだ。
典型な場合
典型的なにおいては、 であるから、
あるいは
である。交流ゲインをできるだけ稼ぐ場合、 になる。そうすると:
はできるだけ高いほうがいいが、これを高くすると安定性が悪くなるというトレードオフがある。
たとえば、くらいにしてみると、 であるから、
になる。たとえば、 で、 とすれば、 なので、
6 V になる。ただし、安定性確保のために、バイアス変化±0.1Vを吸収するために、0.6Vだけ差っ引いて 5.4 V が実質的な範囲になる。ゲインは3.6倍程度になる。
にすると、 になるため、 であるから、今の条件では出力範囲は 4.9 V になってさらに悪化する。安定性のことを考えれば、単純に悪化…とは言えないが。
何が悪いのか?という話
今の例では、交流に関してはほぼMAXのゲイン、およそであった。…が、実際には数倍のゲインになってしまっている。
これはどういうことかといえば…、いや、まさにMAXのゲインにしてしまったがために、早々にサチってしまっていると考えたほうがいいだろう。
外部電源が 10V で、入力電圧が 1.5Vpp なら、せいぜい 6.6倍程度のゲインが稼げたら十分なわけで。
・・・というわけで、 でやってみよう。 なので、とすると、より
となるので、出力範囲は 7.7V、マージンをとれば 7.1 V となり、4.7倍くらいのゲインになる。さっきよりも改善した。