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ゆくゆくは有へと

おかゆ/オカ∃/大鹿有生/彼ノ∅有生 の雑記

la'e zoi と la'o、指示することとそう呼ぶこと。

lojban

la'e zoi は文字列を後ろに取り込み、「その文字列が指示する対象」を指示する。

la'o は文字列を後ろに取り込み、「その文字列を名前とする対象」を指示する。
「を名前とする」は「と呼ばれている」としてもよい。

たとえば、{la'e zoi py となりのトトロ py} と {la'o py となりのトトロ py}。

映画「となりのトトロ」はふつう「となりのトトロ」で指示できるし、みんなそう呼んでいるし、故に名前であるから、両方ともこの映画を指せる。

引用する文字列がその対象の名前(映画「となりのトトロ」のタイトル「となりのトトロ」はこの映画の名前として認められるだろう)の場合、2つは同じように振る舞う。

上の例からも分かる通り、{la'e}には indirect refferenceの機能があるわけだ。

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黒丸がロジバンの語({la'e zoi py となりのトトロ py})、
青丸が指示する文字列(「となりのトトロ」)、
赤丸がそれによって指示される対象(映画「となりのトトロ」)となる。

実際問題、「ある対象を指示することのできる文字列はすべて、その対象の名前として使える」、言い換えて「ある文字列がその対象を指示するのであれば、その対象のことをその文字列で呼ぶことができる」のであれば、上の話は一般的に成り立つ。

では、{la'e lu lo gerku li'u} はどうだろう? ある犬Aは文字列{lo gerku}で指示することができる。上の言明が正しければ、よって、その犬Aの名前として {lo gerku} が使える。つまり、その犬Aは、{zo'e noi lu lo gerku li'u cmene ke'a} な存在である。言い換えて、その犬Aのことを {lo gerku} と呼ぶことができる。個人的には奇妙に感じる。

その対象を指示できるかどうかと、その対象の名前として適格かというのは重複する部分があるのは間違いないが、完全に同じ話ではなさそうだ。

 

「[lojban] Named multiples」
 https://groups.google.com/d/topic/lojban/Wi_3y0q7Aqk/discussion 

 では、「Opel社の車」と言いたくて {la .opel.}というのは変だという話や、{spagetis}は名前ではないという話が上がっていた。

確かに、{opel}という名前は「Opel社」のものであって、「Opel社製品」のものではない。しかし、確かにこういう言い方は自然言語でよくある。メトニミーだ。認知言語学的にいえば、参照点能力が発揮されている。彼は、Opel社を参照点として、本来指したかったOpel社の車のことへと到達しようとする。この迂回、どこかでみなかったか?

これに対する解決策は、要は「迂回」をどう扱うかで少なくとも2つ考えられる。

1つは、Opel社と、そこの製品である車がある関係で繋がっていると捉える方法である。つまり、{pe} を使う。{lo karce pe la .opel.} は具体的すぎるが、{lo co'e pe la .opel.}、{zo'e ne la .opel.}、試験的cmavoを使えば、{zo'ei la .opel.} などの表現ができる。

もう1つは、「迂回」を間接的な指示として表現する方法で、これはさっきやった {la'e}だ。彼のメトニミーでは、Opel社製品を(Opel社を指示する)文字列{.opel.} で指示しているとみなすことができる。これを踏まえれば、{la'e zo .opel.} はOpel社製品を指示する一つの答えになる。一方で、上で述べたように、「Opel社」を介して「Opel社製品」を指そうとしているとみなすこともできそうだ。そうすると、{la'e la .opel.} も1つの答えになる。

しかし、{la'e}を使う方法は、「2つ目の指示」の拠り所をどこに持ってくるかで適切かどうかが変わる。なぜならば、文字列(/名前){.opel.}は本来「Opel社」を指示するもの(/の名前)であるから、典型的にはOpel社製品でなくOpel社を指示する(と大抵の人が捉える)。しかしながら、この今回に限っては、典型から外れて、Opel社製品を指示させようと話者は企んでいる。もし、{la'e}の「2つ目の指示」が一般的/慣例的/通常通りに決行されてしまうのであれば、あの後者の方法は功を奏さない。しかし、「2つ目の指示」が、話者が想定している指示であるように捉えられるのであれば、{la'e}はメトニミーに使える。個人的には、伝達が成功するために、「2つ目の指示」は一般的に想定される指示でないといけないと思う。つまり、ナイスアイデアかと(さっきまで)思っていた {la'e} によるメトニミーの表現は残念ながら失敗に終わる。

つまるところ、参照点と目的対象の間にあるのは指示関係ではなく、ただの関係であるのだろう。参照点理論に詳しくないのでこれ以上何も言えないが、そう考えると、{zo'ei} はその冠する項がメトニミーであることを表すと言えるかもしれない。

 

次の話に移ろう。{.spagetis.}はある特定のスパゲティの名前ではないのだろうか。あのデュラム小麦粉のセモリナを用いた細めの麺のことをロジバンで {.spagetis.} と呼ぶことにすれば、ロジバンでそう呼んでいるという事実それ自身によって、{.spagetis.}はそのデュラム小麦粉のセモリナを使った細めの麺の名前でいられる。確かに、この文字列の輸入元では、デュラム小麦粉のセモリナを使った細めの麺に対する名前ではないかもしれないが、ロジバンへ輸入された時点で、それは紛れも無く名前である。